インドの小売業と政策~コンビニがないのはなんで?~

インドの小売業

 

インドでは農村部はもちろんのこと、都市においてもほとんどコンビニを見かけることがありません。

近年、都市においてはスーパーマーケットの数が増えてきましたが、依然インドの小売形態のほとんどをキラナ(Kirana)という家族経営の小さなお店が占めています。インド国際経済関係研究所(ICRIER)によると、キラナの店舗数は全国で1200万店、小売形態の9割を占めるとされています。

 

画像. キラナ

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キラナにおいては、食料品や日用消費財を購入することができ、馴染みの顧客はつけ払いやホームデリバリーを利用することもできます。農村部においては、キラナのような店頭販売のお店の店主が金貸しの役割を担うこともあります。

 

このように人々の生活に深く根付いているキラナですが、日本のコンビニやスーパーマーケットの便利さを知っている私たちからすれば、「どうしてインドでは広まらないの?」という疑問を持つかもしれません。

 

 

 

小売業の外資規制

 

インドにおいてコンビニやスーパーマーケット、百貨店などの近代的小売業が広まらない大きな要因の一つは、外資の小売業に対する規制が存在することと言われています。

(インドの地場企業の拡大を阻む要因としては、キラナの利便性のよさ、大規模小売店を出店する大きな土地の確保の難しさ、未整備なインフラ、購買力の高い消費者が集まる都市が限られていることなどが挙げられます。)

 

外資規制とは、例えば日本の小売企業がインドに進出しようとした際に、政府の許認可が必要であることや、製品の製造において一定以上はインド国内での製品調達を求められることや、複数ブランドを扱う小売業(コンビニやスーパーマーケットなど)について海外からの投資額が51%までに制限されているなどの様々な規制があることです。※1

これらの規制によって、外資小売業がインド進出をためらい、もしくは断念し、結果としてアジアの他の新興国と比べ、インドの近代的小売業の拡大が遅れています。

(下図参照。数字が2009-10と少し古いことに注意。)

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図. 各国の大規模小売業者と伝統的な小規模小売業者の割合

出所:The Marketing Whitebook 2009-2010, Businessworld, p.271

 

 

インド政府がこのような規制を設ける理由としては、キラナのような小規模小売業者から、「外資の近代的小売業がインドに進出するとキラナのような小規模小売業のお客がとられてしまい、お店がつぶれてしまう」という声があるためです。

実際に高度成長期の日本や中国においても、資本力のある小売企業が豊富な品揃えと低価格によって“パパママ・ストア”のような小規模小売店から顧客を奪うという現象が見られました。

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近代的小売業の拡大

 

上で近代的小売業の数の少なさについて示しましたが、近年の傾向としてはインドでの近代的小売業は拡大しており、これには下のようないくつかの理由があります。

 

①外資小売業の規制緩和

外資小売業の規制について触れてきましたが、近年は規制緩和の方向にあります。1991年にインド政府が社会主義を志向した経済から経済自由化へと方向転換をして以来、様々な分野で海外直接投資の規制が緩和・撤廃されています。小売業においても段階的に規制が緩和されており、2015年11月には一部条件付きで外資企業のEC販売が解禁されました。

 

②都市の消費者の購買力上昇

前の記事にも示しましたが、インドの特に都市部においては中間層人口が増大し、商品の種類の豊富さ、品質の良さ、清潔でエアコンのきいた店内でのショッピングなどを求めてスーパーマーケットやモールでの購買を好む層が増えています。

 

インド国内の小売市場規模は5,900億ドルと言われ(ICRIERデータ)、今後の人口増加と人々の購買力上昇を踏まえると、外国企業にとってもインドのマーケットはぜひとも抑えておきたい市場です。2014年からスタートしたモディ政権下においても、海外直接投資の規制緩和を方針の一つとして掲げているため、今後の外資規制の動向次第では近代的小売業の拡大が加速度的に進むことも考えられます。

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キラナの利便性向上

 

消費者の求める商品・サービス水準の高まりに伴って、キラナの利便性も向上しています。

キラナの元々の利点である「近所にある」「配達してくれる」「付き合いが長い」「ツケ払いができる」などに加えて、以下のような変化がありました。

 

①新たな外国製品の販売

インドの販売チャネルのほとんどをキラナが占める中で、ユニリーバやコカ・コーラなどの外資企業はキラナを通したインド全土での商品販売体制を整えてきました。農村部を訪れた際に、瓶のコカ・コーラがキラナに陳列され、飲み終わった後には瓶を回収し再利用するというような複雑な販売機能もしっかりと機能していることを目にして驚いたことがあります。

外資企業の新たな人気商品についても購入することができることは消費者にとっても重要な要素です。

 

②最新システムの導入

支払の正しい計算や在庫管理、カード・電子決済にも対応するレジスターを導入するキラナも増えています。文字が読めない店主のために、感覚的に操作ができるユーザーインターフェースを備えたモデルなども開発されています。これらの機器により、店舗側が効率的に自分のビジネスを管理することすることと、顧客サービスの質の向上の2つの効果があります。

画像. 電子決済機器

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③“アクセスの良さ”を利用した新規ビジネス

顧客にとってのアクセスがいいというメリットを活かし、民間企業との新たな取り組みを行うことがあります。

一例としては、2016年からAmazonがバンガロールでスタートした“Amazon Now”では顧客は2時間以内にキラナで商品を受け取ることができます。“アクセスの良さ”という大きなメリットを活かせば、今後も様々なサービスとキラナが連携することが考えられます。

 

 

 

地場ビジネスの保護と経済発展

 

インドの近代的小売業の拡大と小規模小売業(キラナ)の利便性の向上について示しましたが、今後の大局としては、近代的小売業の割合が増えていくことが予想されます。

 

インドの経済発展の道のりの中では“インドの地場ビジネスの保護”を無視することはできません。キラナのような小規模小売業の労働者の中には貧困層や十分な教育を受けていない人々も多く含まれます。

このような人々の職を奪わず、もしくは生活が向上するような職への転換を与えつつ、小売業が近代化するためにはインド独特のプロセスが必要なのかもしれません。

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注釈

※1.実際の外資規制の内容は、単一ブランド、複数ブランド小売業の分類と、出資比率によって内容が異なります。詳しくはJETROのHP参照:https://www.jetro.go.jp/world/asia/in/invest_02.html

 

 

参考文献

・JETRO インドの外資規制:https://www.jetro.go.jp/world/asia/in/invest_02.html

・NNA INDIA 首都の世帯75%がキラナ利用=インテージ:http://www.nna.jp/articles/show/20131125inr002A

・Times of India Tech Amazon rolls out 2-hour delivery app for grocerie:http://timesofindia.indiatimes.com/tech/apps/Amazon-rolls-out-2-hour-delivery-app-for-groceries/articleshow/50842222.cms

・日本経済新聞 インド小売業、外資の参入阻む規制「緩和」:http://www.nikkei.com/article/DGXMZO99868070Q6A420C1I00000/

・日経ビジネス 「中国の次」は本当にインド?:http://business.nikkeibp.co.jp/article/NBD/20121106/239119/?ST=pc

・日経ビジネス 1200万店舗の中にどう流通網を作る:http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20111017/223251/?rt=nocnt

数百年前から生活の変わらない村で感じたBOPビジネスの可能性

数百年前から生活の変わらない村

 

インドの首都デリーから車で3時間半ほど、人々が数百年前から同じ暮らしをしているといわれている地域を訪れました。

インドにおいて少数派であるイスラム教徒、シーク教徒などの村のある地域のため、なかなか外部からの影響を受けることがなく人々の生活は昔から変わっていません。

 

 

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写真.村の様子

 

 

村の旧時代的な生活スタイル

・野菜は村(近くの村)で収穫

・牛乳は飼育している牛から絞る

・燃料として木の枝と牛糞を燃やす

・家や小屋は土、レンガ、藁で建てる

・水は地下水を使用

 

 

身の回りにあるものを生活に使う

原始的で、持続的な生活。

 

 

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写真.牛糞を燃料にして料理をする

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写真.調理場の様子

 

 

当然、村の世帯平均所得は7000ルピー/月1と、インドの中でもかなり低い水準です。(1ルピー=約1.85円)

 

 

村の人々の購買力と購買意欲

 

そんな村に滞在して、感じたことは

「貧困の村においても、人々は購買力をもち、魅力に感じたものは最先端のものでも生活にとり入れる」ということでした。

                                                              

 

村の近代的な生活スタイル

・個人の銀行口座を持つ

・携帯電話を持つ

・石鹸、シャンプー、洗剤、歯ブラシを使用する

・コカ・コーラを飲む

・スナック菓子を食べる

・スマートフォン(5000ルピー~)を持つ

・バイク(45000ルピー~)2を持つ

 

 

以下で村の住人へのインタビューを紹介します。

「ほとんどすべての村人が銀行の個人口座を所有し、貯蓄をする。数ヶ月貯金すればスマートフォンやバイクを買うことも出来る」

「多くの村人がスマートフォンを求めており、購入しているものも多くいる」

「一部の村人は手洗いの重要性を十分認識していないため石鹸を購入しないが、すべての村人は石鹸で手を洗うことの意味については理解し、金銭的には十分購入することができる。」

 

途上国の貧困者にとって貯蓄習慣はとても重要で、日銭で生活する人が貯蓄をしなかったために病気に罹った際に薬を買うことができなかったり、農家が不作の際に生活費が尽きてしまうというようなことが起きてしまいます。

インドにおいてはモディ首相が2014年8月に全国民が個人口座をもつ政策を発表し、現在世帯普及率はほぼ100%3となっています。

訪れた村においても人々は銀行口座をもち、一部の人はバイクのような高価なものを購入するほどの購買力を持っていました。

 

当然、村の人々が先進国の人々や都市の人々と同じような購買意欲をもつわけではありません。村の小さな商店にはどの村でも同様の商品が並んでおり、その種類は限られています。

また、ある村人のバイクはトリップメーターのコードが切れていましたが、彼は「走れるので問題ない。今のバイクに満足している。」と笑いながら話していました。

 

しかし同時に、石鹸や歯ブラシ、洗濯用洗剤など必要を感じたものを生活に取り入れ、コカ・コーラ、スマートフォンといったように必ずしも必要ないものに対しても購入意欲をもっていることも強く実感しました。

 

 

BOPビジネスの可能性

 

BOPとはBase(Bottom) of the Pyramidの略で、BOPビジネスは所得階層が低い人々を対象としたビジネスのことを指します。

現在世界のBOP層は40億人4といわれており、その巨大市場を取り込もうとする民間企業の価値向上と貧困層の生活向上・貧困削減の両立を同時に達成することがBOPビジネスには期待されています。

 

今回訪れた、インドの中でも所得が低く、後進的だといわれている村においてもHERO社(二輪)、HONDA HERO(二輪)、コカ・コーラ社、Airtel社(通信)、銀行、携帯電話メーカー、日用品メーカーの商品が消費されていました。

 

世界人口白書2013によるとインドの人口は12億5,210万人であり、2015年インドにおける低所得世帯の割合を76%(下記の図参照)とすると、インドには約9.5億人の低所得世帯が存在することとなります。

この市場の大きさを考えるとこれらの企業がモノやサービスを提供することにもうなずけます。

 

 

インドの各所得階層の総世帯数に占める割合(年間世帯所得)

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出所)インドビジネス再考(野村総合研究所)に記載のインドの所得階層別世帯数2015年推計をもとに作成。所得階層の定義についてはインド経済モニタリングセンター(CMIE)による。

 

 

商品の高い技術・品質を強みとし、途上国においては中間所得階層以上に販売することを狙う多くの日本企業を含め、現状ほとんどの民間企業が、BOP市場を利益を出すことのできるメインの市場とすることは難しいかと思います。

 

しかし、今回の村の訪問をを通して貧困者と呼ばれる人々が購買力や購買意欲を持っていることを実感しました。

 

民間企業は、この巨大な市場を前にして、BOPの人々や地域のNGOの人々の声に耳を傾け、どのような商品が本当にBOPの人々に必要なのか、その生活に適した販売形態はどのようなものか、そのビジネスの持続可能性は高いかという課題を問われていく時代がきているように感じます。

 

 

注釈)

※1村で活動するNGOからの調査に基づく。1ルピー=約1.85円

※2スマートフォン、バイクの値段は村の住人A(学士号、英語のコミュニケーションが可能)に村人が所有するものについてヒアリングしたもの。

※3同政策において口座を開設したものの、預金を行っていない口座も含めている。インド財務省によると、政策開始から翌年の2015年1月末においての新規口座開設数の67.4%が預金ゼロとなっている。

※4国際金融公社と世界資源研究所により「一人当たり年間所得が2002年購買力平価で3,000ドル以下の階層」と定義されている。経済産業省BOPビジネス支援センターが推計。

参考文献)

CMIE(インド経済モニタリングセンター)HP

Hammmond, A. L. et al. (2007), The Next 4 Billion: Market Size and Business Strategy at the Base of the Pyramid, World Resource Institute, International Finance Corporation

経済産業省BOPビジネス支援センターHP「BOPビジネスとは」

野村総合研究所「インドビジネス再考」

Sankei Biz「インド、銀行口座普及率が急増 貧困層向け政策奏功、99.7%に」

世界人口白書2014

 

今回の記事においては、村人や関連NGOへのインタビューを忠実に反映しています。しかしインタビュー対象について非常に限られた範囲のものであり、その信頼性を保証する限りではありません。インドの村における一つの事例として楽しんで読んで頂ければ幸いです。